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第20号 ジャニーズ事務所 まだある事業承継税制の抜け穴  


2023年10月16日付 納税通信第3793号1.3面引用>

 10月2日、大手芸能プロダクションのジャニ—ズ事務所が記者会見を開き、 故ジャニ—喜多川元社長による性加害に伴う補償案や今後の再建案について説明した。

会見のなかでは藤島ジュリー景子前社長が、これまで適用していた事業承継税制の利用を取りやめ、猶予されていた相続税を「速やかに納める」との方針が明らかにされた。ただ、同氏がまだ”逃げ切り”をあきらめていないとの見方も否定はできない。事業承継税制には、まだ広く知られていない「抜け穴」がありそうだ。

 10月2日に行われたジャニーズ事務所の記者会見には、東山紀之社長と井ノ原快彦氏が出席する一方で、藤島ジュリー景子前社長は体調不良を理由に姿を見せなかった。会見ではジャニー喜多川元社長による性加害の被害者への補償案や、今後の事務所の再建案が明かされたが、そのなかで注目されたのが、ジュリー氏が事務所を引き継いだ際に利用した事業承継税制」の行方だ。

  井ノ原氏が代読したジュリー氏からの手紙によれば、「ジャニーとメリー(喜多川氏)から相続をした時、ジャニーズ事務所を維持するためには事業承継税制を活用しましたが、私は代表権を返上することでこれをやめて、速やかに納めるべき税金を全てお支払いし、会社を終わらせます」とあり、事業承継税制の適用を打ち切って相続税を支払う意思を示している。一部報道では、ジュリー氏が相続に当たって本来課されるべきだった相続税は860億円にも上るとされる。ジャニーズ事務所はこの金額を「違います」と否定しているが、それでも数百億円は下らないだろう。その全額がこれまで事業承継税制によって猶予されていたことになる。

 ジャニーズ事務所問題でにわかに脚光を浴び、 一般ニュースでも取り上げられるようになった事業承継税制だが、中小企業のオーナー経営者にとってはよく知られた言葉だろう。オーナー企業の事業承継において同税制は税負担を減らす代表的な手法であり、その利用を検討したことのある、 あるいはすでに適用している経営者も少なくないはずだ。

 ただ同税制は創設以来たびたび手直しが加えられており、その要件は多段階、複数項目にわたっていて複雑だ。そのため、 今回のジャニーズ事務所問題では、専門家とされるような人物の解説でも誤っていたり、不完全だ ったりする例が見受けら れる。

 まず事業承継税制とは、 非上場の中小企業で経営者が自社株を後継者に引き継ぐに当たり、その引き継ぎにかかる贈与税や相続税を最大100%減免する制度だ。一般制度と特例制度の二種類があるがより税優遇の大きな時限措置で、ジャニーズ事務所も適用した 「特例制度」に絞りて見ていく。事業承継税制は正確には納税免除ではなく納税猶予制度だが、事業継続や雇用維持などの条件を満たし続けることで半永久的に納税を免れるため、 「実質免除」と言われることが多い。

 同制度のポイントの一つは、中小企業限定の制度であることだ。「中小企業」の定義は法律によって異なり、事業承継税制については業種ごとに決められた資本金や従業員数によって判定する。ジャニーズ事務所の場合、業種は「サービス業」 に当たり、「資本金5千万円以下または従業員100人以下」のうち、資本金要件を満たしているので制度の対象に含まれるわけだ(ジャニーズ事務所は資本金1千万円、従業員21人)。

 この点について、実質的な大企業であるジャニ ーズ事務所が中小企業のための制度を利用するのはおかしいとの指摘も多い。確かに、後継者難に苦しむ中小企業の事業承 継を後押しするという税制の目的からすれば、相続税だけで数百億円に上るジャ 二ーズ事務所が適用するのは趣旨に反するようにも見える。ただ事務所からしてみれば使える税優遇を使って最大限の節税をしただけであり、 制度自体に欠陥があるとの指摘に一理あったとしても、それを利用した事務所が批判されるいわれはないだろう。

 そして事業承継税制を適用するに当たっての最大のポイントが、非常に複雑な要件をクリアしなければ制度を使えないという点だ。自社株を引き継ぐ先代経営者、受け取る後継者にそれぞれ細かい要件があり、それをクリアして納税猶予を勝ち取っても、引き継ぎ後も一定の要件を満たし続ける必要がある。例えば引き継ぎ後に求められる主な継続要件だけを見ても、その項目数は二桁を超える(表1)。どこかの タイミングで要件のいずれか—つでも満たせなくなると、その時点で制度は利用不可となり、猶予されていた税額に利子も付けて納付しなければならない。

 今回の会見でジュリー氏は「(ジャニーズ事務所の)代表権を返上する」と述べた。これは表1の継続要件のぅち、「①引継ぎ後5年間、後継者が代表者でありつづけること」という要件を満たせなくなることを意味する。これをもって事業承継税制の猶予は取り消され、今後ジュリー氏には数百億円に上る相続税と、それにかかる利子がのしかかることになる。事業承継税制にはこのような複雑な要件による”猶予取り消しリスク”があるため、自社株にかかる莫大な税負担が猶予されるにもかかわらず利用に消極的な税理士や経営者がいるのもやむを得ない話だといえる。

 その「誠意」は どこまで本当かジュリー氏は手紙のなかで、「ジャニーズ事務所を廃業することが、私が加害者の親族としてやり切らねばならないことなのだと思っております。ジャニー喜多川の痕跡をこの世から一切なくしたいと思います」と強い決意を語った。会見では今後の補償計画と事務所の出直しに向けた道筋も語られ、一定の評価を得たが、なかにはそうした”誠意”を疑問視する声もある。

 「前回行われた9月の会見は、ジャニー元社長の名前を冠した事務所名の存続方針を打ち出すような、あまりにも問題意識に欠けたお粗末な内容でした。その後CMなどスポンサー離れが相次いだため今回の会見に至ったのでしょうが、しぶしぶやっている感じは正直否めません。数百億円の相続税を払いますと言われても、どこまで本心なのか…」(企業法務に詳しい弁護士) 

 こうした声もあるなかでささやかれているのが、 ジュリー氏が数百億円の相続税を素直に納めないのではないかという見方だ。本人が 「税金を全 お支払いする」 と述べているにもかかわらず、そのよぅな邪推が生まれるのには、これまた事業承継税制の複雑なルールが関係している。同税制では、何らかの理由で要件を満たせず猶予が打ち切られたときには、猶予されていた全額を納付するのが原則だが、特例として、要件を満たせなくなっても猶予が打ち切られない例外が存在する。それが「やむを得ない理由」または「事業の継続が困難な事由」があるケースだ。

 まず「やむを得ない理由」とは、後継者が、① 障害等級1級として精神障害者保健福祉手帳の交付を受けたこと、②身体上の障害の程度が1級か2級として身体障害者手帳の交付を受けたこと、③要介護5として要介護認定を受けたこと—などが該当し、これらに当てはまるときには納税猶予を継続できる。ただ、 こちらは今回のジャニーズ事務所には関係ない。

 問題は「事業の継続が困難な事由」のほうで、 これは自社株引き継ぎか ら「5年」経過後に、①過去3年間のうち2年以上赤字②過去3年間のうち2年以上売上減、③有利子負債が売上の6カ月分以上、④類似業種の上場企業の株価が前年の株価を下回る、⑤心身の故障等により後継者による事業の継続が困難な場合(譲渡、合併のみ)—などの事情があり、それが原因で自社株の譲渡、合併による消滅、廃業などが発生したときには、そ の時点の自社株評価で相続税を再計算し、当初の株価の5割までは減額を認めるというものだ。なお、この「5年」とは、自社株の相続や贈与が発生し、その税の申告期限から5年となる。ジャニー喜多川元社長が死去したのは2019年7月9日であることを踏まえれば、その”Xデー”は再来年5月にやってくるというわけだ。Xデーまでジュリー氏が何らかの理由を付けて代表権を持ち続け、 その後に廃業した場合、ジュリー氏が納める相続税額は大幅に減らせることになる。

 もちろんこうしたル—ルを認識した上で、ジュリー氏が「『速やかに』納めるべき税金を全てお支払いする」と発言したことも考えられ、事ここに至って同氏が今なお逃げ切りを図っていると見るのは現時点では邪推に過ぎない。だが実際に事業承継税制のルールとして "抜け穴”が使われる可能性はあるということだ。  この点につき、事業承継に詳しい京都市の税理士は、「事業承継税制を適用していなければ、そもそも相続税は満額だつた。 猶予取り消し時の納税リスクがよく指摘されるが、 今回のジャニーズ事務所のように予想できないような事態が起きても税負担を大きく減らせるというだけで利用の価値はあるはず」と語る。

 芸能界に一大帝国を築き上げたジャニーズ事務所があっけなく崩壊したように、自社に将来どのような出来事が起きるかは予想できない。ジュリー氏が直面する税金卜ラブルは、決して他人事ではないだろう。そうしたなかで、猶予取り消しによるリスクと、それでも得られる減免のメリッ卜を比較し、オーナー企 業は事業承継税制の利用を検討したい。

                 

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【表1】事業承継税制の主な継続要件
①引継後5年間、後継者が代表者でありつづけること
②引継後5年問、平均8割の雇用を維持すること(救済措置あり)
③引継後5年問、後継者と同族関係者の議決権割合5割超を維持すること
④引継後5年問、後継者が筆頭株主であること
⑤後継者の議決権を制限しないこと
⑥拒否権付株式(黄金株)を後継者以外が保有しないこと
⑦納税猶予中の株式を一部でも譲渡しないこと(5年経過後は減免あり)
⑧会社が解散または組織変更をしないこと(5年経過後は減免あり)
⑨都道府県・税務署に敵機的に必要書類を提出すること
⑩資産管理会社に該当しないこと
⑪資本金・準備金を減少させないこと
⑫本業の総収入が0円にならないこと

谷の私見
 ①の「代表者」要件が最初の5年間だけなので、その後は後継者が代表を退いても納税猶予は継続されます。ジャニーズ問題でいうと、ジュリーさんが5年間だけ代表として存続すれば①の要件を満たし、その他の要件もクリアしていれば、事業承継税制は継続されます。そう意味での「逃げ道がある」ということですね。
それにしても、莫大な財産を引き継いだものですね。おそらく類似業種比準価額方式で計算してこの金額なので、実際の財産(純資産額)は数千億円あるのではないでしょうか・・・。

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